ハイパーインフレによる財政破綻を懇切丁寧に説明します!
皆さんおはようございます、こんにちは? こんばんは!
前回に引き続き、自分のような経済のけの字も知らない人に向けて、財政破綻について説明します!
上の写真は前回も利用したんですが、今回も使っていくスタイルで。
なんたってたたずむ少女が魅力的すぎじゃないですか? 地獄に舞い降りた天使的な? この子がいれば食料の配給とかなくても生きていける。
ちなみに前回の記事はこちらです。
highishiki.hatenablog.com では今回の目次です。
【5.ハイパーインフレによる財政破綻】
これにはまずインフレというものの理解が必須になります。
それについては下記の記事に書いてあるので、ぜひご参照ください。
もしインフレについて既に知っておられるならば、この記事は読み飛ばしてもらって大丈夫です。
さて、歴史的に見るとハイパーインフレによる財政破綻は、戦争後に生じていることが多いです。
第一次世界大戦後のドイツが有名ではないでしょうか。
物価が1兆倍程度に膨れ上がり、とんでもない価格で物が取引されていた時代です。
1兆倍というと、うまい棒が一本10兆円で取引されている時代という事ですね。
どれだけ高級な材料で作ったんだレベルの価格帯です笑
うまい棒フカヒレ味的な?
包装がダイヤモンドでできていてもおかしくない次元ですね……。
さて、そんな異常事態が発生してしまったのなら、当然ながら何故そうなったのかが気になります。
ハイパーインフレは多くの場合、国家がお金を刷りすぎた場合に生じます。
ここからはドイツのハイパーインフレを例に出します。
お金を刷りすぎたことで、どうやってとんでもないインフレが生じてしまうのか、解説しようと思います。
ただ、とりあえず意識しておいてほしい事が一点あります。
「解説の図を作ってみたはいい物の、これが実際にドイツで、この流れで起きたのか確証がない」という点です。
自分はハイパーインフレの事を理解するうえで、とりあえず『ハイパーインフレの悪夢』という本を参考にしました。
しかしまあ、これがなかなか曲者で笑
この本はハイパーインフレが起こると、どういう形で社会に影響を与えていくかを克明に描き出しています。
ハイパーインフレの中で荒んでいく国民の心や、青天井で上がり続ける物価。
様々な事件がハイパーインフレとどう関係していたのか、などがすごい情報量で書かれています。
このように素晴らしい本なのですが、ちょっと欠点がありました。
一つは政治家が財政政策をことごとくミスる様が、もう冗長と言っても差し支えないレベルで大量に書いてある点。
(財政とインフレの関係を理解している人が、ドイツにいなかったのも、インフレが進みすぎた要因の一つのようです)
二つ目は、結局どういう構造でハイパーインフレが起こっているのか、見えづらいという事です。
なので、解説の図で起きたことが実際にドイツで起きたのか、は定かではないというのを一つ断っておきます。
ただ、以下の思考実験でわかるのですが、この流れでもハイパーインフレは起こるので、それで許してほしいです><
まず最初の図。
この中で矢印はものとお金の流れを示しています。
割り当てられている数字は、その順番で出来事が起きたことを示しています。
まず忘れないでほしいのは、ドイツは戦争中であり、「戦時飢餓」が発生していた事です。
やはり戦争中なので、国民の食糧などの供給量は少ないです。
その一方で、政府には軍需産業にお金を突っ込む必要がありました。
と言っても、当時はお金の運用の仕方も含めて、政府ではなく軍部がその権力が握っていたようですが。
その辺の事情もあり、政府は軍需産業にお金を突っ込んでいきます。
すると軍需産業はうるおい、それにより商品の増産などがどんどん可能になり、利益が増えていきます。
そうすると労働者に流れる賃金が増えます。
戦時飢餓にあえいでいた労働者が、お金を使ってパンをはじめとする生活必需品を買えるようになります。
ここで忘れないので欲しいのが、上の図ではパンしか書けませんでしたが、生活必需品すべて!
すべての業者に対してお金が流れていっていて、図で示されているよりもはるかに多くの業者が、政府が大量に刷ったお金の影響を受けているという事です。
そして当然一般人であるパン屋は考えます。
たくさん売れるので、もっと値段をあげてもまあ売れるだろうと。
そして次の図です。
パンが値上がりしました。
それに合わせてという訳ではないですが、賃金も同時に上がっていきます。
こうなると、小麦を作っている人たちが、「上の地域のパン屋が潤ってるから、上に卸しまくれば価格をあげれるんじゃね?」と考えるのは自然です。
そういう訳で、小麦は上の地域へ卸す前提で価格を設定します。
すると、下の地域、つまり政府の資金注入の影響が来ていない場所でも、パン屋が値上げせざるを得なくなります。
こうなると、下側の労働者はどうしようもありません。
賃金の上昇が起きることもなく、ただ値上がりするパンを眺めるばかり。
右下の労働者の生活は崩壊しはじめます。
『ハイパーインフレの悪夢』で記述されている所によると、このあたりの人たちは中産階級と呼ばれる人たちのようです。
中産階級の人たちがどういうライフスタイルなのかは、見逃したのかもしれないですが分からなかったです……><
ただ、労働をせずとも、割と悠々自適な生活をできるぐらい、そこそこに裕福だった家庭というイメージです。
違ったらごめんなさい……!
また、中産階級の人と同時に教師のような、物を生み出すわけではなかった人たち。
そういう人も、この値上がりに追い付いていけませんでした。
このような状況が繰り返されていきますが、ある時起こるのが次のフェーズです。
ある時、物価の上昇に賃金の上昇が追い付かない時が出てきます。
今まで物価の上昇が後手に回っていたのに、突然賃金の上昇を上回るのには様々な要因があります。
値上げに次ぐ値上げで、生活必需品を作る人たちの感覚は、この頃には麻痺しているでしょう。
上の図のような金の動きの原理を深く考えず、断続的、定期的に行われてきた値上げを今度も行う。
それが当然だと思っている人たちもいるはずです。
今までの値上げ習慣が抜けない、惰性による値上げですね。
そういう人たちが特に何も考えず、労働者の賃金上昇よりも速いペースで値上げを行う、という可能性は十分にあり得ます。
そういう人がある程度塊で出現するとどうでしょう。
ここで商品価格をあげてしまうと、賃金上昇よりも速いペースで物価上昇を起こしてしまう。
そうすると、労働者の生活事情が苦しくなってしまう、と分かっている人たちにも生活があります。
家族の生活を守ることを優先するならば、心を鬼にし速いペースの物価上昇に合わせる、という選択も当然あります。
パン屋で書かれている心理的恐怖、とはそういう事です。
そういう状況になると、いよいよ物価上昇のスピードが加速します。
そうすると労働者は生活がどんどん困窮するので、次は企業に賃金上昇を促すストライキを仕掛けます。
すると工場の動きは麻痺し、例えばそこが生活必需品以外の物を作っていたら、供給が止まります。
供給が少なくなり生活必需品以外に関しても、どんどん値上げがスタートしていくことでしょう。
そして企業側はしぶしぶ賃金上昇に応じます。
何か作り続けなければ結局利益が上がらず、上層部の人も含めて、全員お金が手に入らなくなるからです。
そして賃金上昇が達成されると、また物価をあげていいと考える人が出てきます。
このいたちごっこに陥り、いよいよ物価と賃金がどんどん上がります。
政府は無限に金を刷り続けています。
というのも、ドイツは戦争で勝った国への賠償金の支払いのためにも、お金を刷らざるを得ない状況でした。
賃金の金額に上限があるなどという事もなく、物価と賃金が双方に引き上げあう、無限のループに入ります。
そしてある時、パン屋は思います。
「なんか札束を100枚渡されて、100万マルク(ドイツの通貨の単位です)取引とか馬鹿馬鹿しいよな……。通貨取引、止めます。物々交換にします」
これにて終焉、金でしか労働の対価を受け取れない労働者の生活は、崩壊します。
これがドイツで生まれた、ハイパーインフレによる財政破綻です。
戦争など、色々な要因が複雑に絡まって生じたインフレだったので、これが、この形がそっくりそのまま、日本で再現されることはないと思いますが……。
とりあえず、これが発生した要因をできる限り深堀して、整理してみます。
1.戦時飢餓は大きいと思います。
生活必需品の需要が伸びやすい環境がもともとあって、物価上昇のループが始まりやすかった。
一方、日本は現在食べ物を捨ててしまうほど、食料品の供給が過剰です(これは正直大問題です!!)。
この辺の供給が異様に落ちる段階に入らない限り、生活必需品の物価上昇段階には入らないと思います。
なので、すぐにハイパーインフレは起こらない?
2.戦争に伴って発生することが多い、というハイパーインフレですが、それは紙幣の発行が、戦費調達などでルーズになりやすいからです。
紙幣の発行に制限がなくなれば、いつでもこのような状況は生じえます。
3.そもそも、お金を刷りすぎるデメリットが把握されていなかった。
今はドイツや、第二次世界大戦後の日本などもあり、ある程度その危険性が把握されています。
なので、無謀な紙幣発行は行われないと思いますが……。
うむー、複雑すぎて謎なんですが、まあこんなところでしょうか……。
なので個人的な見解としては、ドイツほどのハイパーインフレが日本で起こる、ということはないと考えていますが……。
正直に言うと、ちょっと勉強してみて思ったのは「経済の難しさや複雑さは尋常ではない」というのが本音です。
日本でも前例のないハイパーインフレや、見たことのない経済現象が起きてくるかもしれませんね……。
ちなみに前回紹介した記事に載っていた、IMFの介入については、要するに国債がどーんと溜まったり、ハイパーインフレになったりして国がヤバい。
ただ、それらが表面化していなかっただけで、事態にIMFが気付いたので介入した。
というだけだと思うので、この二つさえわかっていれば、財政破綻については理解できるのではと思います。
【6.財政破綻にどう備えるのか?】
まあ結論から言うと、「自分で何かを生産する能力を手に入れるか、生産する能力を持つ親友を手に入れるか」ってところですかね……。
正直に言いますと、財政破綻にどう備えるのかと言われても……。
まあ、うーん、お金の価値がいくら落ちても大丈夫なよう、実物を作れるようにしておきましょう、野菜とか……?
あと、日本円の価値が下がっていくのなら、外国の通貨にして所有しておきましょう。
ぐらいの事しか自分には言えないと言いますか……。
『日本 破綻 資産』と検索したらいろいろ出てくるので、それを参考にしてみるべきかもしれないですね……。
ただ、一つだけ感じたのは、もっと投資、経済と人間心理の事について、深く知っておくべきだなあ、とは思いましたね。
この3つの中で、今からどれを勉強しておくべきかと言えば、個人的には後者の人間心理だと思いますが。
まず経済は正直今のシステムがあり得ないぐらい複雑です。
自分には今の経済は、軽々しく学べないものにしておき、少数の人間が利益をあげやすくしているだけに見えます笑
これを社会人の方がけなげに今から学ぶ、というのは時間がかかってしまいます。
仮にそれにチャレンジし、時間をかけて経済を理解したとしましょう。
その知識を運用して財政破綻に備える、という事になると、投資を使う事になると思います。
そうなると次は投資の勉強をする、とかの話になってしまいますし。
それに比べ、後者の人間心理は結構とっつきやすいです。
しかも財政が破たんした時でも、野菜などを作れる人と仲良くなれれば、その人に扶養してもらえます笑
提案こそ冗談めいていますが、ドイツのインフレ時に人々の心を捉えたのはヒトラーでした。
彼が類まれなる人間心理を操る天才だった事は、よく知られています。
そんな壮大な国家転覆などはしなくてもいいので笑
野菜を作ってくれている近くの人と仲良くするため、人間心理を知っておくのはいいのでは笑
読んでいただきありがとうございました!
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ハイパーインフレとは。金が舞い、憎悪が地を這う世界の終わり――【感想】『ハイパーインフレの悪夢』
【(忙しい人)この本を読んでわかること――要はハイパーインフレの世界とはどういうものか】
・ドイツが直面した世界最恐のハイパーインフレの時の状態。市民が極限状態でどう振る舞うかなど、様々な人間の姿も描かれる。
・ハイパーインフレの大きな要因の一つである紙幣の刷りすぎに気付かずに、お金を刷り続ける金融当局のせつなさ? むなしさ?
など。
【文体や書き方】
書き方については特に不満はなく読みやすいです。
ですが……。
どうも個人的には、あまりにも数字の表記が多すぎるのと、政府の財政政策がことごとく空振りに終わるさまが執拗に描かれていて結構読んでいて負担でした……。
数字の表記を取り扱わざるを得ないのは分かります。
ハイパーインフレの世界とはいったいどういう状況になるか、当然ながら物価を取り扱う必要があるのでしょうがないのです。
しかし、にしても一ページの中で2,3回値上がりする様子が描かれても正直面倒だなとしか思わなかったですね笑
政府も空回りした金融政策を次から次へと打ち続けて、その様子は痛ましいにもほどがあるというか、見ていて目に余るものがありましたね。
ただ、物事の原因や本質を見極めて対処することの大切さはひしひしと伝わってきました。
今の世界は本当にGoogleなどの検索能力が発展したおかげで、様々な情報を収集し、課題の本質を見抜きやすくなっているという点で本当に素晴らしい世界だなーと感じたり。
【紹介――ハイパーインフレの世界とは】
想像してみてほしい。
手押し車にうずたかく積まれた紙幣の山を。
道の凸凹で車が揺れるたびにはらはらと紙幣が舞い落ちる。
その景色を見ながら手押し車を押す彼は涙をこぼすだろう。
そこに刻まれた数字は日に日に増える。
輪転機は無制限に回転し続け、けたたましい悲鳴をあげながらこの世の紙という紙を使いながら金を吐き出す。
昨日は紙に書かれていたゼロが6個だったのに、今日には7個になっている。
かつてよく使われていた3個のゼロが並ぶ紙はもはや記憶の彼方に飛び去っている。
その紙がつかわれていた頃が懐かしい。
当時は平和だった。
そのお金を出せば卵が15個ぐらい買えたのに。
それがいつしかその紙はその辺の石ころさえも低い価値しか持たなくなってしまった。
ハイパーインフレの世界とはそういう物だ。
『ハイパーインフレの悪夢』という本はドイツや、その隣国のオーストリアなどが陥ったハイパーインフレの世界とはどういう物かを克明に描いている。
さらに、この本はその使命として、「ハイパーインフレの世界で生きる人間がする振る舞いとはどういう物か」を描き出そうとしている。
この本をそれを知るためだけに読むのはなかなかに重いので、自分もできる限りその世界を真面目に描き出してみようと思う。
これはハイパーインフレが起こる機構とは何かを探った本ではない。
あくまで、ハイパーインフレが人の心にどんな影を落としたのかを書いている本だ。
ハイパーインフレの世界はいつも忍び足でやってくる。
最初はむしろ、景気が良くなるのだ。
当然である、輪転機が無尽蔵に金を掃出し、それを企業の設備投資などにあてさせて、お金を市場に放出しているおかげで、企業は増産が行いやすくなり、その結果として製造できる物の数が多くなり、売上も伸びる。
その結果として労働者として企業で働いていた人たちは賃金の増加に浴することができ、暮らし向きが良くなる。
ただ、一方で賃金という形態、賃金という形ではない仕事を行っている人間はどうだろう。
公務員とかもそうだった。
賃金上昇により、多くの労働者が少し生活に使えるお金が増えたせいで、店側は労働者に合わせて値段を釣り上げる。
だからこの上昇の恩恵を受けられない者たちは徐々に自分たちの影響のない物価上昇のせいでおいて行かれる。
彼らの生活は崩壊する。
そして生活が崩壊して心がすさむと、多くの人は何かに責任を転嫁したくなる。
自分自身が悪いとは思いたくないし、実際この場合当人たちは何も悪くなかった。
その際に矛先に上がったのは、世界の金融を支配していることが多かったユダヤ人だった。
彼らの金融の操り方が悪いのでこうなっているという噂がまことしやかにささやかれた。
そうなると、ユダヤ人弾圧の動きが出てくるのは必然だった。
また、すさんだ心を持つ人たちはこの状況を打破してくれそうな雰囲気をまとう何かを熱狂的に支持する必要があった。
心の支えを必要としていた。
この文脈の中でヒトラーが台頭し、多くの人の心をつかみ、そしてユダヤ人迫害も正当な流れで受け入れられた。
またある時、物価の上昇が賃金の上昇を追い抜いた時があった。
すると労働者は生活が苦しくなるので企業にストライキを実行し、賃金上昇を求めた。
企業は当然ながらそれにこたえざるを得なかった。
しかし、労働者がストライキをしたことによって、本来供給されていたはずのものが供給されなくなったのは大きかった。
そこの供給が減り、そこは当然ながらまたインフレの波の中に巻き込まれていった。
財政政策を担当する人たちは立て続けに発生する問題の対応に追われ、物価上昇の本当の原因とは何かを見誤ってしまった。
ちなみに発生した問題というのは、戦後賠償金の支払いであったり、戦争で勝利し、かつ昔ドイツに因縁があるフランスがここぞとばかりにドイツの工業地帯を差し押さえたり、とにかくまあいろいろだ。
色々な事が積み重なってきっと実態が見えなくなっていた。
だから政治家はまちがえざるを得なかった。
的外れの財政運営が実行され国民の生活はどんどん崩壊へと向かっていった。
それと同時に、ドイツの金であるマルクは他の国の貨幣に比べて価値がどんどん落ちていた。
マルク自体を政府が刷りまくり流通量が増えていたので当然ではあるが。
そしてそれを見て大量の旅行客が押し寄せた。
彼らは1ドルを使って豪遊した。
腹がはちきれんばかりに物を喰いまくり、酒を飲み、劇を見、何から何までのすべての愉悦を楽しんだ。
彼らは1ドルを使いきれなかった。
マルクが下がりすぎていたから。
国民は彼らを恨んだ。
自分たちは物価上昇についていけずに食う物がないときに、外国人旅行客は勝手に来てたった1ドルを使ってありとあらゆるものを食い漁っていった。
また、実際に物を作れる人間は強かった。
農民は農作物を自分で作れたので、食料を普通の人たちに供給できた。
彼らも物価上昇にかこつけてとてつもない高額を普通の人たちに払わせ、自分の私腹を肥やした。
国民は彼らも憎んだ。
……思い出せるのはこんなところ。
色々な所で色々な歪みが生じていて、何が何だかわからない世界。
もしそういうハイパーインフレの世界とは何かについて読んでみたいというのなら、この本を手に取ってみるといい。
経済学における「付加価値」を深堀して考えた結果
皆さんおはようございます、こんにちは? こんばんは!
僕は今GDPについて色々考えていて頭がパンクしそうになってしまっていました笑
いや本当にGDPってマジでとても難しいんです。
そして難しい上に結構適当さもはらんでいてマジでこんな指標使ってて意味あるのだろうか感がすごい笑
その辺について書いた記事はこちらです。
そして、このGDPの事について考える上で立ちはだかってきた巨大な敵が「付加価値」とかいう奴だったんです笑
この付加価値が非常に厄介で、なんか考察していると付加価値単体で一本記事がかける状態になってしまったので、ここでその記事を書こうと思います。
では目次です。
【0.価値を生み出す基本要素】
この世界で新しい価値を生み出すためには大きく分けて二つの物が必要です。
労働と資源です。
ここでいう資源とは、ぱっと資源を言われて思いつく石油や木材などのような物質的に、利用のイメージが湧きやすい資源から、土地や酸素といった利用のイメージが湧きづらい資源も含みます。
例えばおにぎりを量産する工場を作るとしてそこには「土地」や建物を作るための大小さまざまな「鉄」などの資源を投入し、そこで機械などこれまた「鉄」などの資源で構築された物質を投入し、そこで機械ができないようなこまごまとした作業を行う「労働」が用いられて初めておにぎりの量産体制が実現します。
また、もし経済学をかじったことがある人ならば最近の経済学の流れとして、「労働」も所詮資源の一つでしかないという発想があるということもご存じでしょうが、僕はあえてここは分けたままで行こうと思います。
というか、何故「労働」だけ資源の中で特別視されてしまう可能性があるのか、を後半の話で触れることができると思います。
【1.付加価値とは】
とりあえず、wikipediaの記事の定義を引用しておきます。
ここには、
経済における付加価値は、企業などの生産者が生産活動によって作り出した生産額から、その企業などの生産者が購入した原材料や燃料などの中間投入物を差し引いたもの
と書いてあります。
さて、ここで一つの巨大な疑問にぶち当たります。
それは、「生産活動」でそもそもなぜ価値が付加されるんですか? という素朴な疑問です。
生産活動の実態は一体なんだったっけ?
どういう活動によって「価値が付加される」という現象が起きるんだっけ?
ここを深堀していると、なんとなく面白い議論ができた気がするので自慢げにここに書いておきます笑
まず、この点に関して「労働価値説」という素晴らしい理論があります。
これはまあ要するに、「労働が価値を生み出すよ」という理論です。
皆さんも想像してほしいんですが、例えばおにぎりを一個作る際に皆さんは米を握りますよね?
この労働を行う事で、おにぎり一つという価値あるものを生産できる訳です。
これが労働価値説であり、もう600年以上前から発見されている経済の基本原理です。
さて、ではここで一歩引いた目線で物事を考えてみましょう。
いつの時代も「労働」を生み出すのは人間です。
じゃあ、人間が労働を生み出し、価値を創造できるという事になります。
ただ、人間が「労働」できるとは言っても、これってまだ全然労働の本質が、一目見ただけで誰にでも分かるほど詳細に理解されていなくね?
もっと深く理解できるはずだと自分は思いました。
そこで次の章に移ります。
【2.(人間が生み出す)労働を構成する3つの小さい資源】
人間は労働により価値を生み出すことができます。
ただ、この労働という表現がまだもっと細かく分解できるはずだと自分はずっと考えました。
そして、まあ労働、というか人間が生み出すことができる3つの小さい資源についてふと思い当ったんです。
人間は以下の3つの小さい資源を生み出せます。
1.知覚する(知覚資源)。
2.思考する(思考資源)。
3.物に影響を与える(物理資源)。
さらに厳密に定義するとこういうことでした。
1.外界の情報を取り入れる。具体例としては、五感での外界の情報の取り入れ。見る聞くとか。
2.持っている情報を駆使して、新しい情報を生み出す。具体例としては、考える行為そのもの。
3.自分を含めた外界の物に物理的な影響を与える。具体例としては、物を持つとか持ったものを利用するとか。
この要件を満たすとき、あるものは単体で価値を生み出すことができると考えました。
ここで人間と言わないのは、例えば3.は古くから機械によって機能を代替されてきましたし、最近では1.2.の一部の機能もAIなどが徐々に代替し始めているからです。
将来的にこれらの機能をすべて作り出すことができる存在が出てきた場合、人間は労働をしなくてもよくなる可能性があるなあ、と感じましたね。
ここで少し上の方で述べた、労働が特別視される傾向があるというのを補足すると、これには2つ理由があります。
一つ目は、労働はこれだけ分解できるのに、分解しきって理解されていなかった(ひょっとしたらもっと自分の深堀できない領域で分解されるかもしれませんので、そこは皆さんも考えてみちゃってください笑)ので、たくさんの機能を有しているように見えるため特別視される。
二つ目は、いまだに人間にしか生み出せない資源が多く存在する。
この二点があるからこそ、労働というのは特別視されてしまってもしょうがなかったのかな、と感じます。
とにかく、あるものが単独で価値を生み出すためにはこの3つの資源のうちの少なくともどれか一つを持っている存在が価値を生み出せる事が分かりました。
逆にこれを持っていない存在はいかに素晴らしいものであっても物単独で価値を生み出すことはできません。
wordはとても素晴らしいツールですが、上の要素のどれも持っていないので、一人で自律的に何かの価値を生み出すことはできません。
実際ワードを放置しておいておいても何も起きないと思います。
一方でバッティングセンターなどにあるボールを射出する機械は外界に物理的に影響を与えることができるので、3.の観点で価値を生み出せていると言えます。
また、自分が人間が生み出すことができる価値を考える際に非常に迷っていたことがありました。
それは、この三つの資源で「他人に影響を与える」という行為が表現できるのか? という点です。
しかし冷静に考えればこれは可能でした。
例えば喋って影響を与えるパターンを考えます。AがBの考えに影響を与えるとします。
Aは知覚資源を活用し、色々な情報を外界から仕入れ、思考資源を発揮し物事を考えて新しい情報を生み出します。
そしてそれを伝えるために、Aは自分という物に影響を与えて声を発します。
すると、Bは知覚資源を発揮し、声を聴くという形で情報を取り入れ、思考資源を発揮し物事を考えてそれに納得します。
これによりBの行動が変化し、他人に影響を与える、が説明できました。
なので、恐らく人間が生み出す資源はこの3つに分解できて、そのうちの一部がまだ他の物では代替することができないので、人間の労働がとても役に立つのだと思います。
【3.イノベーションとは】
経済学で付加価値を語る際に無視できないの、というかかなり重要な要素となるのがイノベーションです。
イノベーションというのは「技術革新」と表現をされることがあり、実に様々なものがあります。
たいまつで明かりを作っていたものがたくさんのイノベーションを超えて今では蛍光灯などという形になっています。
このイノベーションという物ですが、労働を明確に3つの資源に分解したことにより、「技術革新」よりはもう少し分かりやすく説明することができました。
ある一つの価値を生み出す工程は、様々な資源をうまく組み合わせて、資源利用の手続きで理解することができます。
そして結論から言えば、イノベーションは「資源利用の手続きの変化」や、「資源利用の手続きの変化を生み出すもの」ととらえることができます。
一例をあげます。
今回はイノベーションの存在を分かりやすくするために、「木を切って木材を生み出す」という価値を生み出す工程を考えます。
ここで、斧→チェーンソーというイノベーションが起きる事を想定します。
最初斧を使っている時は資源が以下のように使われていました。
知覚資源により人間が木という資源を見つける
→思考資源により人間が木を切るという選択をする
→物理資源により人間が木に接近する
→物理資源により人間が斧を振り上げる
→物理資源により人間が継続的に斧で木に攻撃する
→木が切断され、木材という資源に変化する(まだ加工が必要なはずとか言わないでくださいね笑!!)
まあこんな感じです。
ここで水色で示されたパートが、チェーンソーの登場により変化します。
特に下の行の手続きが非常に短時間で済むようになりそうですね。
この変化こそがイノベーションであり、資源利用の手続きの変化こそがイノベーションだと考えられます。
たぶん基本的にすべてのイノベーションはこの表現で言い表せると思うんですが、もし考慮が足りなかったらすみません><
ワードなどの電子的な分野のイノベーションも、
思考資源により人間が考えたことを、物理資源により人間が筆という資源を用いて紙という資源に書き込みを行っていた。
という資源利用の手続きが、
思考資源により人間が考えたことを、物理資源により人間がキーボードという資源を用いて電子基板という資源に書き込みを行っていた。
という手続きに変化したことでイノベーションであると分かります。
ちなみに、人権という価値観の獲得といった思考分野でのイノベーションも、この枠組みでとらえることができると思います。
ただ、「思考資源」というものの中にも実はまだ大量に資源があって(これに関しては自分はまだ分解できていません笑 要素が多すぎて片手間で考えるには難しすぎます笑)、その中の資源の利用の仕方の手続きが変わっているのが思考分野でのイノベーションなので、若干上の枠組みでは捉えづらいと思います。
ここもまだ深堀の余地が非常にあるのでぜひ考えてみていただきたいです!
【4.GDPの矛盾を取り除く】
さて、やっとGDPという問題の起点に戻ってきました笑!
まだ自分自身がGDPのどこに強烈な違和感を感じてこんなことを考え始めたのか説明していなかったので、そこを話そうと思います。
そもそもGDPという数値自体いろいろと問題を抱えているよくわからない数値なのですが……、その中で一つ自分が結構大きな疑問だったのが、GDPの定義の抱える問題でした。
GDPは「一定期間内に国内で生み出された付加価値の総額」と定義されるそうです。
つまり、この数値はおそらく国内で生産されたすべての付加価値を図ろうとしている(その数値を測って一体何に用いるのか、が厳密に定義づけられているのかはよくわかりませんが)事が伺えます。
しかし、そうでありながら、「自分で食べるものは自分で生産して、自給自足している農家が生み出した付加価値はゼロ(実際はその農家が経済状況に与える影響は大きいので、生産した農作物を金額に換算して推定値がGDPに組み込まれているようです)」であったり、「家事労働をしている主婦の付加価値はゼロ(金額のやり取りがこちらもないので)」という状況であるらしく、「彼らのやっていることが付加価値でないとしたらいったいなんなのか? というかそもそも付加価値って何笑?」という疑問がわいたのです。
そこから付加価値について考えていった結果、上記のような議論を展開することになったという経緯があります。
そして今、労働という神秘的な付加価値も資源レベルにまで分解して理解したことにより、付加価値は前よりも理解しやすいものになっていると思います。
国内の付加価値の総和を測るGDPの本当の定義は、おそらく以下のように書き換えられるべきだと思われます。
「GDPとは、本来は一定期間内に国内で生み出された資源利用の手続きの総和であるが、それの測定が現段階では難しいので、資源利用の手続きの結果として生じる取引の金額の総和」
こうするとGDPは妥協の末の指標であることがより明瞭になるし(経済指標は結構妥協の末の結果のものも多い気がするので、「妥協してます!」ってことは明確に示してほしいですね……)、上で挙げた農家の人も、知覚資源や思考資源、物理資源、加えて機械や土地などの地球から得た資源をある一連の手続きに従って行うことで農作物を生産しているはずなので、手続きレベルまで落とし込んで測定すれば正しくGDPに反映されるはずです。
【まとめ】
付加価値とかって奥深いよね笑 という話でした笑
GDPをわかりやすく説明したつもりの記事もこちらにあるのでぜひご覧ください!
面白い議論だなあ、と思った方はシェアしていただけると幸いです!
誰でも分かる「GDP」とは? 分かりやすさ宇宙一! その1
皆さんおはようございます、こんにちは? こんばんは!
皆さんはテレビなどでよく「GDP」という言葉を耳にしたことがあると思います。
ただ実際に「GDP」と言われて、ぱっとどういう事を表している数値なのか分からない人も多いと思います。
そこで今回はGDPとは何かについて説明しようと思います。
さらに、この言葉について深く知ろうと思って読んだ本である『GDP <小さくて大きな数字>の歴史』の内容がめっちゃ面白く示唆に富んでいたので、そちらの部分についても後の記事の中で触れようと思います。
では目次です。
【1.GDPとは何の略?】
まずGDPを理解するうえで大事なのが、「これってそもそもなんていう名称の略なの?」という所だと思います。
これは「Gross Domestic Product(国内総生産)」の頭文字をとってGDPと呼ばれています。
国内総生産という日本語版の名称もよく聞くかもしれませんが、それとGDPは同じものです!
最初に理解しなければいけないのは、GDPとは国内総生産(Gross Domestic Product)の略であるということですね!
【2.GDPとは何を表すの?】
[2-1.GDPの定義とは]
次に触れたいのはGDPとは何を表すのか? という事です。
と言っても、これはGDPとはなんであるかの定義を見ればはっきりします。
一定期間内に国内で産み出された付加価値の総額
の事です。
なんだかわかるようで分からない定義ですよね……。
これを理解するためには、そもそも「付加価値」って何? という所を理解しないと始まらないと思います。
個人的に付加価値について結構面白い議論を繰り広げた記事を書いたのでこちらも参照してほしいです。
ただこんなの参照する時間はねえぜという方は無視して先に行っちゃって大丈夫です笑
さて、では結局GDPを定義づける必須要素の付加価値とはなんであるのか? という話ですが、Aに手を加えてBを生み出した時の「手を加える」という事が付加価値としてBにくっついてくる、と考えてもらえばいいと思います。
ちょっと謎な説明なのでたとえを出すと、米に手を加えて(この場合、ふりかけをかけたり握ったりという行為が価値を加えています。ただ、この手を加えた行為の内容は上の記事を読むとだいぶ雑に簡略化されている事が分かると思いますが……)おにぎりを生み出した時の、手を加える部分が付加価値ですね。
そして、この付加価値にはたいていお金がつきものです。
例えばおにぎりを握るという行為は、自分が握っている場合はいいですが、誰かを雇って握らせておにぎりを大量生産している場合は人件費がかかりますし、機械で作っているなら機械代がかかります。
さらに言えば自分で握っていようがなんだろうが、おにぎりを作るためのスペースは土地代や家賃として必要になってきますし、原材料となる米を購入するためにもお金がかかります。
その上で、企業側がさらに事業を拡大し、自分たちのサービスをより素晴らしくし、広く多くの人に届けるために、利益という形でもおにぎりに付加価値を積み上げています。
上で述べてきた人件費や土地代や機械代、家賃などが合計でおにぎり一個に90円かかっているとして、その一個に対して10円分企業の利益を上乗せし、おにぎりが100円で売られている状態ができあがります。
このような付加価値の連鎖の最後にある、誰かによって利用される物(おにぎりの場合消費者によって利用される、つまり食べられる。こういう付加価値の連鎖の最後にある物を「最終財・サービス」と言います)の金額の合計を国内で考えていくと、国内中の付加価値をすべて足し合わせたことになります(ここの話は抽象度が高くて理解しづらいですよね……>< 数学のΣとかについて難なく理解できる人なら納得できると思うんですが、そうでない場合、一種の公式として覚えてしまうしかないと思います><)。
おにぎりの例で行くと、おにぎり生産機械も付加価値の連鎖の最後にあります。
機械の場合、企業によって利用される、つまりおにぎり生産に用いられるので。
これもGDPの中に計上されています。
[2-Ex.企業について思う事]
やけに抽象的な話をした後なので全然抽象的ではない、僕の個人的に感じていることについて箸休め的にさくっとお書きします。
GDPには関係ないのでズバッと読み飛ばしてもらっても大丈夫です笑
上で「その上で、企業側がさらに事業を拡大し、自分たちのサービスをより素晴らしくし、広く多くの人に届けるために、利益という形でおにぎりに付加価値を積み上げています」と書きました。
これはとても良心的で素晴らしく、理想的な企業の在り方です。
「企業が提供できる価値を拡大させるために利益をあげる」というのが、社会の公器としての正しい企業の在り方です。
それを忘れて企業の利益というのが、取締役が不正に高い給与を得るためにあるのは論外です!!
そしてもう一つ個人的に現在の企業の在り方で勘弁してほしいのが、「企業が提供できる価値を拡大させるために利益をあげているはずなのに、企業自身が「どこまで拡大したいです」とかなり明確に明示していない事」ですね。
これはもう取締役とか上層部(や下層部も関わっているならそうですが)の不正な給与の受給と同じぐらいヤバいと思っています。
おにぎり提供企業について考えてみましょう。
ある企業A社は「日本中においしいおにぎりを届ける」というミッションを掲げて行動しているとします。
ですが、このミッションだと「何種類ぐらい(もちろん種類以外の切り口でも見ることができますが)」のおいしいおにぎりを届けたいと思っているのか分かりません。
企業が特にその辺について深く考えずに惰性でおにぎりを作り続けているとどうなるか。
新商品は次から次へと発売され、売れたものが「今の日本に求められているおいしいおにぎり」であるとしてまた新しい定番レパートリーに加わっていきます。
ですが、ちょっと待ってほしいと思うのです。
日本人にそんな無制限においしいおにぎりを届けていって、君たちの目標はどこまで行ったら完了なのか? と思わないでしょうか。
自分がこれに違和感を感じる一番の要因は、世界に日本以外に貧困にあえいだりしている国はいっぱいある。
そういう国を見過ごしてまで、おにぎりの新商品を開発し続けることにどれだけの素晴らしさを見出して彼らはやっているのか、分からない。
新商品には新商品を企画立案するための事業部が必要になり、それだけのコストがかかっている。
新商品ができたらそれを店においてもらうための営業費もかかっている。
工場でその商品を少量で量産するための体制を整えるための費用もかかっている。
何度でも言うが、他の国や、日本国内でもおにぎりとかとは無関係で困っている人(虐待にあっているなど様々な悩みが国内でもあるでしょう)がいるにもかかわらず、ここまでの費用をかけてまでおにぎりを生産し続けることに、君たちはどれほどの価値を見出してやっているのか?
その費用を、貧困問題とかの解決のために頑張っている人たちに受け渡して活動を助成したりした方が良いんではないか?
この疑問が自分の中には常にあるのです。
そして、この問題について答えを出すための一つの手段が「どれくらい拡大したいです」を明確に定義することだと思います。
それさえ定義すれば、見ているこっちも企業としても納得できるはずです。
「日本中においしいおにぎりを無限に届けます」というのなら、自分も納得します。
そもそも彼らは何でそこまでおにぎりにこだわり続けるのかは気になりますが笑
ただ、貧困問題よりもおにぎりの方が彼らにとっては極めて大事であることが分かるのでいいのです。
こういう「どれくらい拡大するか」に関する表記が抜け落ちている企業って結構多いような気がするんですよねー。
自分はこれに常々問題意識を感じている、というお話でした笑
皆さんももし起業などをしたり、社長などになったなら、「どれくらい拡大するか」については常に意識して、なんなら企業理念の中にしっかりと明記していったりしてくださいね!
さて、ではGDPの話に戻りましょう笑
【3.GDPの三つの定義とは?】
実は上の項目で紹介したGDPの計算方法はGDPの計算方法のうちの一つです。
「一定期間中に国内で生産された最終財・サービスの金額の合計」っていうやつですね。
では別のGDPの定義とは何か?
それは「一定期間中に国内で生産された最終財・サービスを買った金額の合計」というのと「一定期間中に国内で生産された最終財・サービスを売って得た金額を分配した額の合計」というものです。
前者と後者、共に一番上の定義と値が同じになることは分かると思います。
これを三面等価の原則と言います。
ある値をどの角度からとらえるか、という問題でしかないので、値が同じになるのは当然ですが……。
これがGDPの三つの定義で、この三つの定義を導入することにより生じるメリットがあるので、三つの方法で計算されています。
その辺に関しては次の記事の【GDPって何に役立っているの?】で書きます。
そうですね、ここで補足として説明しておきたいのが、「一定期間中に国内で生産された最終財・サービスの金額の合計」という定義の工夫ですね……。
この記事を書いている最中にふと気づいたんですがこの工夫は結構すごいなと感じました。
一定期間中に国内で生産された最終財・サービスの金額の合計。
一定期間中に国内で生産された最終財・サービスの金額の合計。
受動態なんですよねー。
例えば、深く意識しないで考えると、サービスを作っているのは大体企業って印象なので、「一定期間中に国内で企業が生産した最終財・サービスの金額の合計」とか適当に定義してしまうんですけど、実際は個人事業主などもいるわけで、最終財・サービスを生産している人たちって結構たくさんいるんですよねー。
そういう、「誰が作っているのかは分からないけれど」という、幅広い含みを持たせて書かれている「された」という受動態はとても素晴らしい定義だと思います!
【4.名目GDPと実質GDPの違いとは?】
[4-1.名目GDPと実質GDP]
上の卵もこの猫も写真を適当に選んでいる訳ではないですよ……!
ちゃんとあれは上の三つの定義と三つの卵が合致していて、この猫も右が名目GDPで左が実質GDPの化身なんですからね……!!(いい写真がねえ……)
と言っても、ここまでGDPの話を理解して追ってきてくれた人ならばここに関してはもう赤子の手をひねるように超単純な話です。
例えば、GDPがある一定期間で生産された最終財・サービスの合計額なんだとしたら、おにぎりが100円で売られている状態と、物価が上昇しておにぎりが110円で売られている状態とでは単純に比較できませんよね?
後者の状態ではGDPが前者より上がっていると思いますが、それは決してその国が「色々なものを前より大量に生産できて、少し経済が豊かになったから」ではないはずです。
生産された物の量はまったく変わっていないのに、物価が上がったからGDPが上昇しただけです。
GDPの上昇という結果だけ見ると、より多くの物が生産されて経済が豊かになった形に見えますが、実態はそうではない。
名目GDPはある基準の年からの物価の変動を考慮に入れないGDPの値で、実質GDPはある基準の年からの物価の変動を考慮に入れたGDPの値を示します。
つまり、実質GDPが伸びて初めて「生産された物の量が増えて、経済が豊かになった」と言えるのです。
最近の日本など、先進国に関しては「単に物が増えただけでは豊かになった感じがしない」という点でGDPは経済や、もっと言うと心の豊かさを必ずしも反映しない指標ではありますが……。
[4-2.GDPデフレーターとは?]
そしてここで出てくるのがGDPデフレーターです。
GDPデフレーターとは、名目GDP÷実質GDP×100であり、例えばさっきの例のおにぎりのみが生産活動になっている国(があったら怖いですが笑)で考えると、
(110円のおにぎり×生産数)÷(100円のおにぎり×生産数)×100=110
という値が出てきます。
100より大きいと物価が上昇しているという事であり、今回の場合はおにぎりについてはある基準の年から物価が1.1倍になっていると考えることができます。
このように、GDPデフレーターを計算すると、物価の変動について大雑把に知ることができるため、様々なシーンで利用されています。
次回の記事では、
【次回記事】
【5.GDPって何に役立っているの?】
【6.GDPが大きければ経済は豊かって本当かよ笑】
【7.広告費と家事労働とGDPの関係とは?】
【8.GDPの歴史とは?】
【9.幸福を測る】
について書こうと思います。
(次の記事かけ次第更新します!)
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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【関連記事】
以下の記事は関連のある自分の記事や、この記事を書く際に参考した記事などです。
特に『GDPとは何かを小学生でもなんとなくわかるように説明したい』は、自分の文章を読むだけでは理解できなかった方はぜひ参照してみるといい記事ではないかなと思います!
字よりも図が多いのでそこがすごく見通しが良いです!
流れで覚える世界史の勉強法で「第一次世界大戦」を学ぶ! その2
みなさんおはようございます、こんにちは? こんばんは!
今回も流れで覚える世界史の勉強法で「第一次世界大戦」を学んでいこうと思います!
前回はサラエボ事件についてお話ししました。
ただその前に、前回述べたサラエボ事件に関してとても面白くてよい記事があったのでここに掲載しておこうと思います!
dic.nicovideo.jp 前回の記事で自分が述べたのはセルビア側、しかもセルビアの実行犯側のたった一人の人間の「気持ち」の推測を中心として話が動いていましたが、こちらはオーストリア側の暗殺された皇帝やその周りを含めた群像劇的な形で物語が紹介されています。
皇帝が落ちた許されぬ愛や、そこで立ちはだかる周囲の偏見に満ちた目に折れることもなく、それどころか「階級差の愛の何が悪いのであろうか。そんな下らない因習は私が皇帝として変えてみせよう」という意思を感じさせる振る舞いの数々(言葉はフィクションですが! ただ、世界史を覚えるという観点に関して言えば、ドラマチックに覚えることができればそれの方がいいですからね! 下の文章も登場人物の感情はフィクションですよ!)。
いいですねえ、愛という誰もが興味を示さざるを得ないテーマに絡めて、史実を誰にでも読み進めたくなるストーリーに落とし込むこの技量……!
僕自身こういう記事を書いている身として見習わなきゃいけないと思います……!
ただ、こういうタイプで世界史を身近に感じてもらうものの場合、「愛」という多くの人が共感して読みたさを喚起できるテーマが史実で深く絡んでこないと難しいという点で、まだまだ不完全なのでしょうね……。
より多くの人に世界史に興味を持ってもらうための人類の挑戦はまだまだ続きそうです……!!
さて、では記事に入りますが目次です。
【2.オーストリアとセルビア宣戦布告】
オーストリアの実権を握る要人「
……なんと愚かしい事をしてくれたんだ彼らはッ!
大セルビアもここまで来るともはや目に余るな……。
ただの周辺国が列強に刃向うというのがいったい何を意味しているのか彼らは分かっていないらしい。
それに関して一度分からせてやる必要があるようだな。
列強以外に生を受けた時点ですでに人生で一度敗北をしているようなものなのだ。
敗者は敗者らしく地をなめていればよい。
ふむ、どうにも列強の中枢にいると列強中心で物事を考えてしまうな……。
ただ、それの何が問題であるというのだろう。
我々が侵略した土地を見てみれば、彼らの文明が我々より遅れているのは明らかだった。
むしろ我々の文明の中に取り込まれることで新しい世界に連れて行ってもらえることを光栄に思う必要がある。
……話が逸れてしまった、とにかく今はセルビアに己の立ち位置というものをわきまえてもらわねば困るな。
宣戦を布告し、一度叩き潰すこととしよう。
国民への通達に関しては、まだいいだろう。
無用の心配をさせてしまっても悪いし、必要とあれば権力により徴兵できるのだから問題はない。
それよりも、セルビアを攻撃するとなるとロシアが厄介だ……。
セルビアとロシア、同じ南スラブ系の民族同士、情けをかけて擁護に入ってこられるやもしれん。
ふむ、ドイツに仲立ちをしてもらってロシアには動かないよう求めておくか……」
――オーストリアとドイツの秘密外交――
ドイツの権力中枢の要人「
まあ仕方あるまい。
我々を巻き込んでおけば、ロシアも簡単に軍は出すことはできないという発想は正しいであろう。
国境を触れている二国と戦争になればロシア側も都合が悪かろう」
ロシアの権力中枢要人「
オーストリア……。
我々と起源を同じくするスラブの民を攻撃しようというのか……。
それにこれを放置しておけばオーストリアが国力の関係で勝利するのは火を見るより明らかだ……。
そしてセルビアを見放したことにより国内の過激なスラブ系民族から厳しい批判が巻き起こることは間違いない……。
それによる国力の低下は何としてでも避けねば列強としての立場も危うくなる……。
セルビアに支援するとの意図を伝達しておくこととしよう……。
オーストリア一国なら両側から挟み打てば軍を各戦線ごとに分散させなければならなくなるため、向こうも怖気づいてすんでのところで止めるだろう……。
今は列強が微妙な力関係を保ちながらヨーロッパでの平和を保っている時期だ……。
どこかの国力が落ちれば、その隙を狙って自国の地位を上げようと動き始める列強が必ずいる……。
彼らはその危険性を理解しているのか……?」
セルビアの権力中枢要人「
あの事件、一部の過激派がやったことであるとはいえ我々の責任も問われないままでは済まされないだろうな……。
実際われわれが悪かったところもあるのは否定できない……。
そしてこの最後通牒。
オーストリアはどうやら本当に怒っているらしい。
これは大セルビアを唱えている場合ではないかもしれないな。
非常事態だ、この通牒でなされている要求をできる限り飲もう。
国力の差などの都合上オーストリアと戦争になって敗北するのは……目に見えていることだ」
オーストリアの権力中枢要人「
セルビアめ……。
己の失態をおおむね認めたようだが、ならば最初からこのような事態にならないよう配慮すべきだったのだ。
その程度の努力もできないのならもはや周辺国として自治を保たせてやる必要もあるまい。
もう権力中枢の意見は固まっている。
最後通牒をすべて飲めないのならば、さっさとたたきつぶすのみ!
覚悟しろセルビア、列強に刃向ってどうなるか思い知らせてやろう、権力を用いて軍を動かしてセルビアとの国境付近で交戦開始だ!
ロシアもどうやら牽制をしてきているようだが、ドイツと連合を組むことさえできればさばけない相手ではあるまい。
ただ気がかりなのはロシアとフランスが、互いの国が軍事的衝突に巻き込まれた場合に支援すると取り決めていた露仏同盟だ……。
我々は国境を接していないからフランスからの侵略を受ける心配はひとまずないが、ドイツがフランスと交戦をし始めるとなると、東西の戦線を維持しながら戦うことになる……。
彼らはそれに耐えうるだけの力を持っているのだろうか?
ただ、最近のドイツの工業力の伸長は目を見張るものがある……。
ひょっとすると、我々にさえ明かされていないような戦略兵器を生み出したりしているかもしれないな……。
ひとまず、ロシアやフランスと戦線が拡大した場合は彼らに任せることとしよう」
ロシアの権力中枢要人「
牽制だけではだめだったようだな……。
仕方ない……。
寒い国なのに国民に些末なことでヒートアップされても困る……。
セルビアの支援のために国民を権力を持って総動員して軍を組織し、軍事作戦の発動に備える……!」
ファルケンハインを筆頭とするドイツ軍部上層「
ドイツが帝国としてあまたの列強を従える姿……。
皇帝以外にもその理想は引き継がれていますよ。
最近の我が帝国の工業力の発展は目を見張るものがあります。
軍事兵器を作成することも以前より容易になったといえます。
これなら露仏に挟まれていても戦える。
オーストリアがセルビアと争うだけでこの戦いが終わるのもかまいませんが、さらに多くの国を巻き込んだ戦争に発展するのもまた一興。
その期に乗じてドイツ帝国の支配領域を拡大することができれば、一歩また野望に近づくことができる。
……もしこの戦争で我々が負けてしまった場合?
まあもしそうなら、それもまた、悪くはないでしょう。
一挙に野望に向けて大きく前進できる今というチャンスをリスクを取らずに逃すのはあまりに惜しい。
……ほう、そう言っているうちにロシアが総動員令を発令しましたか。
ふむ、これはいい機会ですね、国民たちに向けて「ロシアは戦争のことしか考えていない野蛮な国家である」と演出するいいきっかけになる。
ふふ、様々な国家を巻き込んだ一大戦争になっても構わないと一番思っているのは我々であるのに、その罪を他国に着せてしまう……。
ロシアもとても哀れな国家と言えましょう。
さて、ならばロシアに総動員令を取り下げるよう伝達したのち、彼らがそれに応じないというのなら我々ドイツは、ヨーロッパの秩序を乱すロシアを打倒し、ヨーロッパを守護する英雄としてこの戦争に参戦することといたしましょう。
そのストーリーは国民にとっても実に魅力的です。
戦争意欲の高揚にもつながる。
では、さっそく通達を出すことにしましょうか」
――ドイツ、ロシアに総動員令取り下げを要求、ロシアがそれを飲まないとわかると自国で総動員令を発令――
さてみなさん、列強たちの(特に上層部の)意味不明なぐらい複雑な思惑が絡み合って第一次世界大戦は加速度的に進んでいきます。
自分でも書いてて、気持ちとかを踏まえて覚えるとここまで重厚なボリュームになると初めて知りました笑
世界史は本当に奥が深いです……。
これ以降のストーリーについて延々と書き綴っているとこの記事が10篇ぐらいに渡る壮大な長編小説みたいになってしまうので、最初に述べたとおりこの戦争の火ぶたが切って落とされたあたりでやめようと思います。
ここまで読んでくださった方はありがとうございました!!
もし面白ければシェアをよろしくお願いします!
流れで覚える世界史の勉強法で「第一次世界大戦」を学ぶ! その1
<『歴史群像』から引用>
みなさんおはようございます、こんにちは! こんばんは?
前回の記事では第一次世界大戦が起こる背景となった、当時の時代背景とドイツの世界政策について、世界史で名前が登場する主要人の気持ちなどに焦点を当てながら振り返ってみました。
今回はいよいよ第一次世界大戦を実際に流れに従いながら覚えていきましょう!
ここでもいろいろな人物が出てきて気持ちを吐露しますが、それは真実ではなく自分の妄想なので、みなさんも自分の覚えやすいように妄想して覚えればいいと思います笑
では目次です。
【1.サラエボ事件】
セルビア政府要人(政府じゃないかもしれないですが笑 中央集権的な権力です)「
列強の畜生どもが国という単位を制定してからというもの、俺たちの中には徐々に「一つの国家は一つの文化を持った共同体でできるべきだ」という思いが芽生えていった。
だってそうだろ?
そこら辺を歩いていて突然違う言語を話すような輩と出会ってみろよ、うんざりするだろ?
そいつが「●×▽☆?」とか聴いてきたら俺たちは「αβγε?」と聞き返さなきゃならねえ。
信じている宗教も違ったら、お互いの考え方の根幹も違う訳で。
コミュニケーションは当然成立しないし、こんな環境に嫌気がさすってもんだ。
だからこそ俺たちは「一つの国家は一つの文化を持った共同体でできるべきだ」という理想を持った。
そしてさらにその中で俺たちセルビアの特異性は「大セルビア」を掲げていたことだ。
特異と言っても俺たちには火を見るより明らかなことだが、この一帯はかつてはセルビア領だった。
数多くの動乱を経験して小さくなってしまい、セルビアの民もばらばらになってしまったが……。
そういう散り散りになった民と土地を俺たちの下に取り戻す、それこそ大セルビアだ。
話が逸れたが、そうやって散り散りになった同一民族を一つの国家の下にまとめようとして、当時はバルカン半島、つまりセルビアやルーマニア以南の領域の国々は互いに争いあっていた。
他国の領地内に俺たちと同じ文化を持った同一民族がいた場合、彼らを俺たちの下に取り戻してやりたいからな。
一方で俺たちの国にいる言葉の通じないやつらは外に出ていってほしい所もあるわけだが……。
まあとにかく、そんな状況だったから政府として権力のあるメディア(この場合は政府発令のような国民全員が見て、動員されてしまうようなものかな?)で争いについて発信していると、国民はいやいやかもしれないが争いに出向いてくれたんだ。
そこでドンパチやっていると、なんと俺たちの国民が奮闘してくれてセルビアの領地面積はほぼ2倍ぐらいになったんだよ!
これは俺たちの時代が来てるって訳だ!!
大セルビアが実現する日も近いぞ」
黒手組要人「
さあみなさんお待ちかねの黒手組の登場だぜェ!
俺たちが何者かって?
まあ簡単に言えば大セルビアの急先鋒、各地に散らばったセルビアの民を集約するという思想を誰よりも実直に信じる、「紳士」たちの集いだよォ……。
やっぱり一つの文化の下に集まっている世界観って素敵だからさァ。
小さいころから色んな文化のるつぼみたいなところで過ごしてるとね、何とも言えなない気持ちになるわけよ。
かみ合わない言葉や想いにむしゃくしゃしてる時にさっそうと現れる「同じ文化で統一しようぜ!」みたいな発想。
食いつかねえ訳がねえでしょう!
……まあ、多くの支配的な意見に流されてただけだって可能性もあるかもしれねえが、……一回信じた道はもう突き進んどきゃいいんだよォ!
そんな俺たちだが、もう一個情報をつかんでいてね……。
どうやらオーストリア皇帝が、オーストリア国内の政治を面倒くさいシステムにしようとしているようなんだよねェ……。
何でも、今までドイツ人やハンガリー人だけで支配層を構築していたところに、さらに南スラブ系、つまり俺たちセルビア人みたいな民族も仲間入りさせてやろうって事らしい。
ハッ、なんとやさしい心意気! 涙が出ちゃうね本当!
だったらもとからそうしやがれファックとしか言いようがねえなァ。
そうしたらオーストリアという列強の下で、正しくセルビア人も評価されて、今みたいに泥沼の争いの中でもがく必要もなかったかもしれねえのに……。
……まあ何、そんなことで、そういうシステムを敷かれてしまうと、セルビア人を一カ所に集中させて統一しようという目的が果たせなくなってしまうわけだ。
これは困るねェ……。
ちょっくらその野望をくじくことができないもんかねェ……。
……おっ、オーストリア皇帝のサラエボ訪問か……。こりゃいいね……。
しかも……6月28日って……。
セルビア人にとって因縁の日じゃねえか……。
この日を選ぶたァ、こりゃまた粋なことをしてくれる皇帝じゃねえかよおい。
どうやら本当に殺されたいらしいなァ……。
いいねェ、大セルビアの中の歴史に残る一大イベントになるぜこれは……!
俺たち黒手組は元からセルビアの統一主義の発想を持って生きているからね……。
思想の伝播は簡単だったよねェ。
ただみんなに「統一のためにオーストリアの蛮行を許してはならない」と大義を語ればそれで思想の伝播は完了だ。
さて、では統一されたセルビアの明るい未来のために、いっちょやりますかァ!」
さて、不穏なサラエボ事件の勃発がこれにて確約されてしまいました……。
ちなみに後者の黒手組で「 ……まあ、多くの支配的な意見に流されてただけだって可能性もあるかもしれねえが、……一回信じた道はもう突き進んどきゃいいんだよォ!」と書きました。
ちょっと多数派に流されているように見える記述をしましたが、冷静に彼らの心の事を考えてみると、「彼らは何を目的としてセルビア統一をしようとしているのか、よく考えているんだろうか? セルビア統一を果たしたいそもそもの理由をちゃんと深堀して、自分たちの目指すところを理解し、その最適解としてちゃんとセルビア統一を選んでいるのか?」と疑問に感じたからです。
まあ、歴史を俯瞰して見れる今の立場だからこそ、インターネットなどを駆使して情報を集めやすく、より最適解を選びやすい環境が整っている今だからこそ感じるだけで、当時としては実際それが最適解に見える状況だったのかもしれないなあ、とも思ったり。
なんにせよ今の時代は情報を自分で取捨選択さえすれば、いい状況判断ができるようになってきていて幸せだなと感じました笑
流れで覚える世界史の勉強法で「第一次世界大戦」を学ぶ! その0
<第一次世界大戦前の国境線を示した地図。『歴史群像』から引用。>
みなさんおはようございます、こんにちは? こんばんは!
今回は前回の記事で紹介した流れで覚える世界史の勉強法を実践し、第一次世界大戦を学びます!
前回の記事を知らない方はぜひ下から戻って確認してみてください!
また、今回の記事を書くに当たり参考にした文献はこちらです。
今回は第一次世界大戦の中心、同盟国側として戦争に乗り込んでいったドイツの人物を中心に世界大戦の流れを見ながら学んでいきます。
世界史はすべて「たった一人から始まった動きが広がったり広がらなかったりして、広がった時に世界に名を残す出来事が生じて、それの積み重なり」でできています。
その観点から、この時代で活躍した名もなき人物や有名な人物の気持ちなどを追いながら世界史を眺めていきましょう!(この記事の中で出てくるキャラクターの気持ちはすべて自分の妄想です笑 決してこの解釈だけが正しいわけではないし、たぶん普通に間違っているので、個々人ごとに気持ちの解釈はあっていいと思います)
では目次です。
【0A.時代背景】
名もなきナレーター「
やあ皆さん、こんにちは、名もなきナレーターだよー。
苗字は名藻無、名前が名礼太であって、名もなきナレーターという職業的なあれじゃないよ、立派な名前だからね!
第一次世界大戦が起きたころの事について少しだけ話しておこう。
当時はヨーロッパの各国が列強という名称を与えられた時代で、要するに彼らは並び立つ強者として非常にでしゃばっていた頃だったんだ。
世界各国に植民地とか作っちゃって「君ら文明遅れてるねww 俺たちが文明進めてやるよww」的なノリでアフリカとかにウェイウェイ進出していっている頃だったんだねー。
そういう時代だったから、列強たちは「どの列強が強いのかランキング」みたいなのにこだわっていた。
多くの列強と呼ばれていた国々は、自分自身が多くの植民地を支配する列強という立場にとどまりたがっていた。
そうしないとヨーロッパ内での地位が落ち込み、国際的な発言権が持てなくなり、ひいては植民地の面積の削減などの不都合に繋がってしまうからね。
また、当時の列強は植民地の配分やパワーバランスを保つために、国民などとは無関係に一つの会議室の中で閉じた外交で完結させる「秘密外交」と呼ばれる形式の外交を頻繁に行っていたんだ。
最近の「日米首脳会談」みたいなのが行われました、とテレビで報道されるのとは全く逆で、一部のトップ層が国民の知りもしないところで戦争後の土地の分配などを外交で決めていた時代だったわけだ。
さて、このような背景を踏まえたうえで「第一次世界大戦」を眺めてみよう」
【0B.ドイツの世界政策】
ヴィルヘルム2世「諸君、ごきげんよう。
この記事を読むために多大な時間を割いている事に敬意を表そう。
ちなみに上の銅像は一時期我が国の宰相として登用していたビスマルクであり、私ではない。
私の気高い姿や、私の幼少期からの歴史は以下のwikipediaを見て確認してほしい。
それにより私という人間の人格が少なからず浮かび上がってくるかもしれないからな。
私は幼少期より負けん気が強く、競争心が旺盛だった。
そのこともあってかな、父親が当時イギリスが採用していたような自由主義、すなわち「個人などが自由に判断することが可能であり、自己決定権がある」という思想は、まるで皇帝の権力を侮辱するようで、皇帝権力が敗北しているように感じられてどうしても受け入れる気にはならなかったな。
父は臆病であったのだろう。
己の決断に責任を持つことができない弱さを持った、皇帝としては失格の人材だったのではないか。
そのように私が考えていることを知ったからだろうか、祖父も同じように自由主義を否定する立場だったからずいぶんと可愛がってもらったものだ。
人は結局周りにいる人を見て、その人の思想に納得すればその思想に染まっていくし、それに納得できなければその思想とは逆の方向に行くものだろう。
私は帝国主義を貫き、敵を次々ひざまずけ、倒していく強いドイツを唱える人たちが祖父をはじめとして多くいて、私自身競争が好きで共感できたからこそ、そう考えるようになったのかもしれないな。
強さは正義だ。
弱さは悪だ。
こうやって考えれば、私が帝国主義を貫かざるを得なかったのは、とても当たり前の事だったんだ。
そして私が皇帝になったその時から、ドイツは世界の覇者となるための一歩を力強く歩み始めたのだ。
私の数々の英断をここに記すことができないのは遺憾極まりないが、しかしこの記事は諸君が第一次世界大戦を理解するための助けとなるべきものだ。
次の記事からいよいよ諸君は第一次世界大戦の流れを学んでいくこととなる」