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流れで覚える世界史の勉強法で「第一次世界大戦」を学ぶ! その1

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<『歴史群像』から引用>

 みなさんおはようございます、こんにちは! こんばんは?

 前回の記事では第一次世界大戦が起こる背景となった、当時の時代背景とドイツの世界政策について、世界史で名前が登場する主要人の気持ちなどに焦点を当てながら振り返ってみました。

highishiki.hatenablog.com

 今回はいよいよ第一次世界大戦を実際に流れに従いながら覚えていきましょう!

 ここでもいろいろな人物が出てきて気持ちを吐露しますが、それは真実ではなく自分の妄想なので、みなさんも自分の覚えやすいように妄想して覚えればいいと思います笑

 では目次です。

 

【1.サラエボ事件

セルビア政府要人(政府じゃないかもしれないですが笑 中央集権的な権力です)「

 列強の畜生どもが国という単位を制定してからというもの、俺たちの中には徐々に「一つの国家は一つの文化を持った共同体でできるべきだ」という思いが芽生えていった。

 だってそうだろ?

 そこら辺を歩いていて突然違う言語を話すような輩と出会ってみろよ、うんざりするだろ?

 そいつが「●×▽☆?」とか聴いてきたら俺たちは「αβγε?」と聞き返さなきゃならねえ。

 信じている宗教も違ったら、お互いの考え方の根幹も違う訳で。

 コミュニケーションは当然成立しないし、こんな環境に嫌気がさすってもんだ。

 だからこそ俺たちは「一つの国家は一つの文化を持った共同体でできるべきだ」という理想を持った。

 そしてさらにその中で俺たちセルビアの特異性は「大セルビア」を掲げていたことだ。

 特異と言っても俺たちには火を見るより明らかなことだが、この一帯はかつてはセルビア領だった。

 数多くの動乱を経験して小さくなってしまい、セルビアの民もばらばらになってしまったが……。

 そういう散り散りになった民と土地を俺たちの下に取り戻す、それこそ大セルビアだ。

 話が逸れたが、そうやって散り散りになった同一民族を一つの国家の下にまとめようとして、当時はバルカン半島、つまりセルビアルーマニア以南の領域の国々は互いに争いあっていた。

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 他国の領地内に俺たちと同じ文化を持った同一民族がいた場合、彼らを俺たちの下に取り戻してやりたいからな。

 一方で俺たちの国にいる言葉の通じないやつらは外に出ていってほしい所もあるわけだが……。

 まあとにかく、そんな状況だったから政府として権力のあるメディア(この場合は政府発令のような国民全員が見て、動員されてしまうようなものかな?)で争いについて発信していると、国民はいやいやかもしれないが争いに出向いてくれたんだ。

 そこでドンパチやっていると、なんと俺たちの国民が奮闘してくれてセルビアの領地面積はほぼ2倍ぐらいになったんだよ!

 これは俺たちの時代が来てるって訳だ!!

 大セルビアが実現する日も近いぞ」

黒手組要人「

 さあみなさんお待ちかねの黒手組の登場だぜェ!

 俺たちが何者かって?

 まあ簡単に言えば大セルビアの急先鋒、各地に散らばったセルビアの民を集約するという思想を誰よりも実直に信じる、「紳士」たちの集いだよォ……。

 やっぱり一つの文化の下に集まっている世界観って素敵だからさァ。

 小さいころから色んな文化のるつぼみたいなところで過ごしてるとね、何とも言えなない気持ちになるわけよ。

 かみ合わない言葉や想いにむしゃくしゃしてる時にさっそうと現れる「同じ文化で統一しようぜ!」みたいな発想。

 食いつかねえ訳がねえでしょう!

 ……まあ、多くの支配的な意見に流されてただけだって可能性もあるかもしれねえが、……一回信じた道はもう突き進んどきゃいいんだよォ!

 そんな俺たちだが、もう一個情報をつかんでいてね……。

 どうやらオーストリア皇帝が、オーストリア国内の政治を面倒くさいシステムにしようとしているようなんだよねェ……。

 何でも、今までドイツ人やハンガリー人だけで支配層を構築していたところに、さらに南スラブ系、つまり俺たちセルビア人みたいな民族も仲間入りさせてやろうって事らしい。

 ハッ、なんとやさしい心意気! 涙が出ちゃうね本当!

 だったらもとからそうしやがれファックとしか言いようがねえなァ。

 そうしたらオーストリアという列強の下で、正しくセルビア人も評価されて、今みたいに泥沼の争いの中でもがく必要もなかったかもしれねえのに……。

 ……まあ何、そんなことで、そういうシステムを敷かれてしまうと、セルビア人を一カ所に集中させて統一しようという目的が果たせなくなってしまうわけだ。

 これは困るねェ……。

 ちょっくらその野望をくじくことができないもんかねェ……。

 ……おっ、オーストリア皇帝のサラエボ訪問か……。こりゃいいね……。

 しかも……6月28日って……。

 セルビア人にとって因縁の日じゃねえか……。

 この日を選ぶたァ、こりゃまた粋なことをしてくれる皇帝じゃねえかよおい。

 どうやら本当に殺されたいらしいなァ……。

 1914年6月28日サラエボ事件……。

 いいねェ、大セルビアの中の歴史に残る一大イベントになるぜこれは……!

 俺たち黒手組は元からセルビアの統一主義の発想を持って生きているからね……。

 思想の伝播は簡単だったよねェ。

 ただみんなに「統一のためにオーストリアの蛮行を許してはならない」と大義を語ればそれで思想の伝播は完了だ。

 さて、では統一されたセルビアの明るい未来のために、いっちょやりますかァ!」

 

 さて、不穏なサラエボ事件の勃発がこれにて確約されてしまいました……。

 ちなみに後者の黒手組で「 ……まあ、多くの支配的な意見に流されてただけだって可能性もあるかもしれねえが、……一回信じた道はもう突き進んどきゃいいんだよォ!」と書きました。

 ちょっと多数派に流されているように見える記述をしましたが、冷静に彼らの心の事を考えてみると、「彼らは何を目的としてセルビア統一をしようとしているのか、よく考えているんだろうか? セルビア統一を果たしたいそもそもの理由をちゃんと深堀して、自分たちの目指すところを理解し、その最適解としてちゃんとセルビア統一を選んでいるのか?」と疑問に感じたからです。

 まあ、歴史を俯瞰して見れる今の立場だからこそ、インターネットなどを駆使して情報を集めやすく、より最適解を選びやすい環境が整っている今だからこそ感じるだけで、当時としては実際それが最適解に見える状況だったのかもしれないなあ、とも思ったり。

 なんにせよ今の時代は情報を自分で取捨選択さえすれば、いい状況判断ができるようになってきていて幸せだなと感じました笑

 さて次回はサラエボ事件を巡って第一次世界大戦に世界が加速度的に向かっていく様子を追っていきます!